岐阜地方裁判所 昭和46年(ワ)394号 判決 1974年5月02日
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、原告と被告の間に生じた部分は原告の、補助参加人と被告の間で参加によつて生じた部分は補助参加人の各負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、別紙目録記載の土地につき所有権移転登記手続をせよ。
2 被告は原告に対し、前項記載の土地を明渡せ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、別紙目録記載の土地(以下、本件土地という。)を所有し、これを同地上の建物とともに補助参加人に使用させていた。
2 補助参加人は、昭和三五年一〇月三一日、訴外岐阜商工信用組合(以下、訴外信用組合という。)より、金七五〇万円を借受け、原告は右貸借の際、補助参加人のため連帯保証をし、これら当事者間に右貸借及び連帯保証等を内容とする名古屋法務局所属公証人森浦藤郎作成第六六九七八号金銭消費貸借契約公正証書が作成された。
3 訴外信用組合は、補助参加人の右借受金返還義務不履行を理由に、右公正証書の執行力ある正本に基づき、連帯保証人たる原告の所有する本件土地及びその地上建物につき強制競売の申立をした。昭和三六年七月二八日右強制競売開始決定がなされ、強制競売手続が実施されたが、その競落期日において訴外信用組合は本件土地及び地上建物を自ら競落し、昭和三六年一一月一五日には右競落許可決定がなされ、訴外信用組合はその代金を支払つて、昭和三七年八月二日にはその所有権移転登記を受けた。
4 訴外信用組合は、昭和四三年九月一九日被告に対し、本件土地及び地上建物を売渡し、同月二〇日その所有権移転登記がなされ、現在は被告において本件土地の登記名義を有し、かつこれを占有している。(ただし、本件土地上の建物は、その後取毀されて現存しない。)
5 しかしながら、訴外信用組合と補助参加人間の前記金銭消費貸借は、以下述べる理由により無効である。
(一) 訴外信用組合は補助参加人に対し、金七五〇万円を貸付けるにあたり、金七五〇万円と別口の金四〇〇万円の貸金の計算書を作成し、前者については定期積金一四万円、定期預金二〇〇万円を積立てさせ、これにその他の各種名義の分をあわせた合計金二九五万四、一五〇円を控除し、現実に交付する額を金四五四万五、八五〇円とし、前記金四〇〇万円の仮装貸金については全額をむつみ定期預金として積立てさせ、さらにその手数料名義で金一〇万円を前記四五四万五、八五〇円の交付額から控除した。そのほか、訴外信用組合は右貸付の際、すでに組合員であつた補助参加人に対し、あらためて金五〇万円の出資を求め、補助参加人は右出資をしたが、右出資金は訴外信用組合に対し債務を負つているときは払戻しを拒否されることになつているので、実質的には拘束預金の性質を有している。
(二) 右のとおり、訴外信用組合の補助参加人に対する貸金合計金一一五〇万円に対し、定期積金・定期預金名義のいわゆる歩積・両建預金は金六一四万円に達し、貸金額の五三・四%を占め、前記出資金をも考慮すれば、拘束預金は金六六四万円となつて、貸金額全体の五七・七%にものぼる。又、貸金一一五〇万円に対する交付額は金四四四万五八五〇円で、実に貸金額の三八・六%にすぎない。なお、右貸借にはその債務を担保するに十分な原告ら所有の担保物件及び連帯保証人が付せられていた。
(三) 右拘束預金は、実質的には融資による経済的地位の優越を利用して、欺瞞かつ違法・不当な方法により経済的弱者である資金需要者に預金を強制し、相手方に不利益を強いる行為であるから、その額の多少にかかわらず独占禁止法二条七項、一九条、公正取引委員会告示一一号の一〇に規定された不公正な取引方法に該当するというべきである。とくに、本件の場合のように不当な割合を占める拘束預金が右不公正な取引方法に該当することは明らかである。
(四) 右のとおり、独占禁止法に違反する拘束預金を伴つて成立した本件貸借は、右独占禁止法の該当法条により、そうでないとしても公序良俗に反する行為として民法九〇条により無効と解すべきである。
(五) 被告は、右拘束預金が独占禁止法に違反する行為であるとしても民法上必ずしも無効とはならないと主張するが、右は次の理由により失当である。
(1) 独占禁止法は、「一切の事業活動に対する不当な拘束を排除する」(同法一条)
ことを目的とする。従つて、この目的を実現するためには、違反状態を生ぜしめる法律行為の効力を否定し、これを無効とするのでなければ、当該違反行為をした事業者は、行為の相手方に対しその履行を強制し得、その結果独占禁止法の禁止又は制限はなんら効を奏しない事態が発生する。
(2) 独占禁止法一〇二条は、「各規定施行の際、現に存する契約で、当該規定に違反するものは、当該規定施行の日からその効力を失う。」と定めており、これは独占禁止法施行前になされた有効な契約でも、同法の施行によつて効力を失うことを定めたものであるが、この規定の趣旨から考えて独占禁止法施行後、同法に違反する契約の効力を否定すべきは当然である。
(3) 独占禁止法の定める排除措置(同法七条・八条の二・一七条の二・二〇条)は、違法な事実状態を除去するためのものであり、その中には営業の一部譲渡、株式の処分、役員の辞任等を命じうべきことを定めている。(同法八条・一七条の二)
右は、当事者が敢えて違法状態を出現させている場合に、行政官庁である公正取引委員会が右行為の効力を判断する終局的権限を有しないからといつて、これを放置しておくのは妥当でないので、公正取引委員会は、当該事案につき違法と思料する状態を排除するため適切な措置を命ずることができるよう定めたものである。従つて、右各規定の趣旨は、ただ違反行為によつて現実に存在するにいたつた経済的状態が第三者の利害に関係する場合に、公正取引委員会のなす排除措置が第三者の権利関係ないし取引の安全に広汎な混乱を来さないよう、これを必要かつ適切妥当な範囲に止めしめ、それ以外の部分を不問に付させようとしたものであつて、営業用財産や株式の取得等が私法上有効であることまでを前提としたものではない。
(4) 本件の場合、本件貸借が無効であると解しても、右貸借時に補助参加人が第三者に対して支払つた確定日付料・公正証書作成料・印紙代等については、補助参加人は第三者に対し、無効を対抗できないと解すれば、第三者の利益は害されず、権利関係・取引関係に広汎な混乱を来すこともない。
(5) 訴外信用組合は、本件貸借につき、不動産等競売配当金及び連帯保証人等からの入金分等合計一一〇八万六、四三〇円を受領しているが、これは貸金七五〇万円の約一・四七倍、交付額四四八万五、八五〇円の約二・九倍に相当する。又、前記拘束預金を適切に処理しうべきことや本件貸借時の天引利息の運用を考慮すれば、訴外信用組合が本件貸付によつて得た利益は一層大きくなる。他方、補助参加人は右各支払を余儀なくされるなど、本件貸借によつて大きな損失を蒙つている。従つて、本件貸借を無効と解することは、当事者間の公平からいつても正当である。
(6) 拘束預金は、昭和三八年ころから世論の厳しい批判にさらされ、大蔵省・公正取引委員会の行政指導あるいは業界団体による自粛措置により漸次改善され、昭和四二、三年ころになつてようやく預金者に対して不当な不利益を強いるものでない程度に是正され、それ以降は行政庁・業界団体もとくに拘束預金の緩和のため努力した形跡は認められない。従つて、昭和四二、三年以前に存在した拘束預金に関する商慣習は正常でないものと言わなければならないところ、昭和四二年ころの拘束預金率は、信用組合において平均一四・六%、全金融機関において平均二〇・三%である。これに照らすと、拘束預金率が五三・三%にも及ぶ本件貸借は正常な商慣習に反すること甚しく、その違法性は極めて重大である。
(7) ことに、訴外信用組合は、中小企業等協同組合法に準拠する組合員への直接奉仕を原則とする法的組織であつて、事業活動の結果生じた剰余金は一定の制限のもとに出資配当又は利用配当として組合員に還元することができるものであり、いたずらに仮装計上による瞞着的決算を図ることは到底許さるべき筋合でないものである。
(8) なお、昭和四五年五月八日、当庁昭和四二年(ワ)第四四六号金銭消費貸借契約無効確認請求事件において、前記七五〇万円の本件貸借は無効である旨の判決がなされた。被告主張の右控訴審判決は、違法であつて、取消を免れないものである。即ち、被告主張の控訴審判決は、訴外信用組合がなした拘束預金の貸付額に対する割合が五〇%を超えること及び実質的貸付額に対する実質的貸付利息が年一割七分六厘に相当し、これは利息制限法一条に定める制限利息を超えるものであるとの事実を認定し、右事実認定のうえにたつてこれら取引条件は正常な商慣習に照らして貸付債務者に不当な不利益を強いるものとして、本件貸付が独占禁止法二条七項の規定に基づく告示第一一号の一〇に該当し、同法一九条に違反するものとしながら、その違法性の程度は軽微であるとして、本件貸付の私法的効力を無効なものとせず、有効と判断している。しかしながら、前述したとおり独占禁止法の各規定に反する行為は無効と解すべきであるから、右判決はこの点で独占禁止法の各規定の解釈・適用を誤つたものであるばかりか、仮に右判決のように、違法性の強いものの行為の効力を無効と解する立場に立つとしても、本件貸付は過大な拘束預金率、利息など過度の不利益を補助参加人に及ぼしており、これに担保の量・額が相当にのぼることを総合的に考慮するならば、本件貸付の法違背の程度は極めて重大で、軽微なものとの評価を受ける余地は全く存しない。
右判決はこの点の判断をも誤つたものである。
6 以上のとおり、訴外信用組合と補助参加人間の本件貸借は無効であるから、補助参加人の訴外信用組合に対する借受金返還義務は存在せず、従つてこれを主たる債務とする原告の訴外信用組合に対する連帯保証債務も存在しないこととなるので、本件土地に対する前記強制競売手続は無効であり、本件土地所有権は競落によつて訴外信用組合に移転せず、ひいては被告に対しても移転しない。
7 よつて、原告は、本件土地所有権に基づき、訴外信用組合及び被告に対し、本件土地所有権移転登記の各抹消を求めうるところ、これにかえて、被告に対し、原告に対する本件土地所有権移転登記手続を求め、同時に、本件土地の明渡を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし4は認める。
2 同5ないし7は争う。但し、同5のうち、原告主張のとおりの判決のあつたことは認める。なお、この判決は、訴外信用組合が控訴した結果(名古屋高等裁判所昭和四五年(ネ)第三五四号事件)、本件貸借を有効とする旨の判決がなされた。
3 いわゆる歩積・両建預金は、ある意味で金融機関の貸金の担保としての性質をもち、我が国において第二次大戦後特に顕著化した商慣習として行なわれてきたもので、融資者たる金融機関にとつては、戦後経済界の著しい伸展による企業の旺盛な資金需要とインフレーシヨンの進行による国民の貯蓄意欲の減退によつて生ずる貸出と預金の間の不均衡を是正するにつき、又借入側たる企業にとつても長期間にわたつてなるべく多額の信用供与を受けるためには、必要額以上の借入をしてその一部を割き、預金として金融機関に預入しておくのが資金運用上も有利であるといつた合理的な経済事情を背景としてきた。しかも、個別的な事例ごとの歩積・両建の預金額の設定限度は、取引・信用等によつて千差万別で、当・不当の判断こそあれ、一概に違法・不法の判定をつけるに足りる基準が欠けている。現に、本件貸借でも、問題の貸借当時普通銀行より融資を受けるだけの信用を有しなかつた補助参加人に対する訴外信用組合の債権保全としては、訴外信用組合の判断により必要な措置とされたものであり、補助参加人にとつても決して不当に不利益なものではなかつたのである。よつて、本件貸借は独占禁止法一九条の不公正な取引方法に該当しない。
仮に、本件貸借が不公正な取引方法に該当し、独占禁止法一九条に違反するとしても、これをもつて直ちに民法上無効とすることはできない。けだし、独占禁止法違反の行為を無効とすることは、同法の目的達成上不必要かつ不十分であるうえ、私法的には個人の権利関係ないし取引の安全に広汎な混乱をもたらすからである。従つて、独占禁止法に違反する契約であつても、当事者が任意に履行した結果生じた状態については、法はその効力を否定することなく、ただ同法の定める公正取引委員会の排除措置をもつて必要な取引秩序の規整をなせば同法の目的を達成するに足りると解しなければならないものである。
本件貸借においては、すでに金員の貸渡しが履行されているのであるから、訴外信用組合の補助参加人に対する債権は勿論有効に存在している。
三 抗弁
仮に、訴外信用組合と補助参加人との間の前記貸借が無効であるとしても、本件土地に対する強制競売手続(当庁昭和三六年(ヌ)第五五号)の昭和三六年一一月一五日付競落許可決定は、これに対する原告の抗告(名古屋高等裁判所昭和三六年(ラ)第一八三号)が昭和三七年四月二六日に棄却され、さらに特別抗告(最高裁判所昭和三七年(ク)第一六三号)も同年六月一三日に却下されたことにより、すでに確定しており、競落人たる訴外信用組合は競落代金を支払つて本件土地所有権移転登記を得たもので、本件強制競売手続そのものがすでに完結している。かかる場合には、仮に債務名義が無効だとしても、もはやこれを理由に当該競落による本件土地所有権移転の効力を否定することは法律上許されないものである。
四 抗弁に対する認否ないし反論
否認する。本来執行手続は権利の実現を図る為に設けられた国法上の制度であり、執行手続によつてその権利の実現を図ることができるのは、債務名義に表示される権利が法に照らし正当なものでなければならない。従つて、極く例外的に、法に照らし正当でないものが債務名義に表示され、これに基づいて執行手続がなされた後、その債務名義に表示された権利が法に照らし正当でないことが明白になつたときは、これによる執行手続の効果を否認し、既に形成された違法な権利関係を原状に回復せしめなければならず、これは法の目的とする正義の理念からも当然のことと言わなければならない。
たしかに、執行法上異議の申立等種々の権利救済手段が設けられてはいるが、これによつては本件のごとく複雑で、かつ理論的にも多くの問題点を内包する案件について十分な主張・立証を尽すことは困難であるのみならず、執行法上の裁判は専ら執行法上の技術的規定の遵守の有無に関して審理がなされているにすぎないものであるから、前記執行法上の救済手段があるからといつて、常に不当な債務名義による執行を排除することができるわけではない。従つて、本件のように執行法上の異議の申立等によつては執行を排除することが不可能又は著しく困難な案件にあつては、執行手続が全て完結した後であつても、執行の効果を否認することができると解するのが相当である。
なお、訴外信用組合は、本件強制執行手続を自ら申立て、本件土地を競落したもので、本件貸借が違法なものであることを知り、あるいはこれを知りえたのに、敢えて本件土地を取得したものであり、又被告も本件の事情に精通しているばかりでなく、本件土地が係争物件であることを熟知しつつ、本件土地を廉価で買受けたものであるから、いずれも善意の第三者として保護に値せず、本件においては取引の安全・取得者の利益保護を顧慮する必要はない。
第三、証拠(省略)
(別紙)
目録
岐阜市清住町三丁目一一番地
一、宅地 二二五・九一平方メートル